Monday, June 26, 2006

遺伝的だったかもしれない私の写真人生






















昨日倉庫を整理していたら、これまでに見たことがなかった父親の写真アルバムを発見した。そしてこれを観ているうちに自分の写真は遺伝性だったのかということまで強く感じてしまった。 このアルバムは今で言うproof sheet(ベタ焼き・コンタクトシート)であって、写真を引き伸ばす前の段階でネガに何が写っているのかを確認するための小さな(65x45mm)プリントを貼りあわせたもの。 昔はプリント代が高かったので、このようなせこいサイズのプリントが多い。そしてこれぞという気に入った写真だけは今のサービス判サイズくらいに伸ばしていたようだ。 カラーなんて高値の華であってよほどのことがない限り使わなかったに違いない。 このアルバムに写っている1958~1960のロンドン、パリ、デュッセルドルフ等の風景写真を見てまず感じたことは、僕と非常に似た構図で写真を撮っていることだった。 まるで自分の写真のように思えた瞬間にヤバイと思った。 これまでは偶然に自分の意思でこの道に入ったと思っていたが、これらの写真を見ているうちに、これは完璧に遺伝的なものではないかとみえてきたのである。 ちょっと話が脱線するが、今年の1月に僕は大阪大学の有名な遺伝子工学の先生を撮影した。 恐れ多くもこちらが素人レベルで質問をすると快く答えてくれた。 一体どの程度の情報がDNAとして子供に受け継がれるのか?たとえば顔や体系の特長とかは遺伝性だとわかるけど、性格、趣味、くせなどは遺伝的なものなのか、それとも子供が親を見て育った環境が影響しているのかと聞くと、「これは遺伝しています」ときっぱり言われた。 昨日発見したアルバムを見ながら、これまでに知らなかった父親の写真芸術に対するパッションを強く感じた。 父は商社で活躍したバリバリのビジネスマンだったが、普段の口癖は「もう一度やり直せるのなら絵描きになりたい」だった。 やはりそれだけの情熱を持っていたことは知らぬ間に僕へと遺伝されていたのかもしれない。 考えてみると僕が写真を撮り始めたのはちょうど父親が亡くなるあたりからだった。 それまではまったく写真に興味がなかったのに突然やり始めた。 今までは単にオーディオに飽きて新たなるガジェットを求めるところにカメラがあったとしか考えていなかったが、ひょっとして別の力が働いているような気もしてきた。  こういう芸術関連の仕事は中々報われないので日々自分の歩んだ道を疑問視してしまう。特に今の世の中のように短期間でたくさんのお金を稼いだ人間の方が優秀で、それ以外は下流へと流されるという風潮が強くなってくると自分ですら「もう一度やり直せるのならもっと硬い仕事をしたい」と思うようになる。 しかし、このような状況の中でも自分の仕事に対するプロフェッショナルな姿勢と質へのこだわりは確実に向上しているので、この仕事は自分にとって天職ではないかとも考えるようになった。 今回の発見でやはり写真は天命ではないかと迷いがが少し解けた気がする。 みんな自然に自分にあった職業に納まっているのかもしれない。This was your destinyって感じでね(^^)

0 Comments:

Post a Comment

<< Home